黄色いくちばし

「特定の土地に縛られているようでは、まだ巣立ちのできない、黄色いくちばしの雛鳥のようなものだ。あなたはいつまで雛鳥でいるつもりなのか?」
東京で穀潰し生活をしていた頃、ある人に言われた。なんとかという文化人類学者の言葉らしい。
自己の生まれ持ったアイデンティティでしか物事を捉えられない人は未熟者だというのが本来の意味。ただ「ある人」が私に言ったのは、「故郷に帰りたいとかグズグズ言ってないで、状況に応じてどこででも生きていく覚悟を持ちなよ、じゃなきゃ未熟者だ」という意味だった。
あれから5年以上経つ。今だったらその人に言うだろう「一つの場所で生きていくことは、状況に応じて生きていく場所を選ぶのと同じくらい覚悟の要る事だ」と。
特定な場所に留まってしまうと、地理的・経済的な不利を覆すような付加価値を生み続けなければ仕事が無い。人材も資源も限られている状況下で生み出していかないといけない。圧倒的な不利。
そんな不利を背負ってまでなぜ一つの場所に留まろうとするのか?それは早朝に前山の雪解けで景色を知ることができるからであったり、妥協が無いくらい寒い冬であったり、真夏の午後2時の気だるさであったり、卵屋のおばあちゃんの曲がった背中だったり、身近に相談に乗ってもらえる職人がいることだったり、赤いベンチだったり、家の外灯だったり、大抵個人的な理由だ。
個人的な希望に価値を見出して生きることは、やっぱりそれなりに大変なのだ。雛鳥なんかではやっていけないことをここ数年思い知らされてきた。やりたいことをするために、できなくなることも沢山ある。それでも小さな抵抗を続けるのは、ここで生きていくと言う覚悟があるからだ。
昨日、20年来の友達を送った。自らの意志で、来月からしばらく遠くで暮らすのだという。彼は彼で覚悟を決めた。
頑張れ。沢山の笑顔とビールとケーキと言葉と羽毛と歌で送り出した。

心豊かに 飲んで歌って 大きな声で 笑えれば
心豊かに 過ごせるはずさ 春夏秋冬



達者でな!