らもさん、おおきに

自分を嫌になっても、人は生きていける
中島らも

私の大好きな言葉だ。大袈裟だけれど、この言葉を胸に持っているから今まで生きてこれたし、この言葉があったからつらくても生きることを投げ出さずに済んだ。どんな哲学書よりも、どんな論文よりも、僕にとっては価値のある言葉。
最後に自分を嫌になったのは、20代前半。数年前の今頃のことだ。
当時大学に籍をおき、周りの人より長く学生生活をしていた。口では「研究とは『何故生きるか』を探ることだ」などと偉そうな事を言いながら、その実、研究分野で挫折して小説を読みウクレレを弾く毎日。穀潰し同然であった。忸怩たる気持ちはどこかにあったけれど、なんとなく誤魔化して食っちゃ寝の毎日を過ごしていた。
結果、卒業試験に合格できず、留年した。正確に言うと、論文の提出期限を2分オーバーし、受け取ってもらえなかった。就職も決まっていたのに、ようやく穀潰し生活から抜け出せると思っていたのに。たった2分の遅れで、目の前が真っ暗になってしまった。
冬風の吹く横浜を茫然自失で徘徊した。自分はなんて愚かなんだろう、これからどうしたらいいんだろう、生きる資格なんてあるんだろうか?いっそこのままどこかへ消えてしまえないだろうか?
そんな時、上述したらもさんの言葉を思い出した。
自分が嫌になったからどうしたというのだ、死ぬほどのことじゃないだろう?自分の存在が嫌になってしまうことなど、これから何度でもある。だからって死ぬことは無い。生きていいんだぜ。その証拠にほら、俺はこんなに恥ずかしい人生だけれど、生きているぜ。だから、生きていていいんだぜ。いいんだぜ・・・。
そんならもさんの言葉が聞こえてくるようだった。
酒と睡眠薬の飲みすぎで心と体をボロボロにして、最後は階段でコケて亡くなったらもさん。そんなかっこ悪い最期を遂げたおっさんの、ある本に書かれていたこの一行が、私に「生きていていいんだよ」と言ってくれた。明日からもう一度がんばろう、そう思った私はアパートに帰ることにした。
この日以降、自殺願望は起きていない。
ウクレレとロックンロールとこの言葉、私を生かしてくれたものたち。

アマニタ・パンセリナ (集英社文庫)

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