オープンG

ローリング・ストーンズキース・リチャーズというギタリストがいて、人は彼を最強のロッカーだと言う。最強とはいってもベトナム戦争で鬼神のごとく戦ったとかアンドレ・ザ・ジャイアントを片手で持ち上げたとか男塾塾生筆頭だったとかエメリヤーエンコ・ヒョードルを秒殺したとかそういう強さではなく、ロッカーすなわちロック音楽をやる人間として問答無用度が高いとうことである。
どのあたりが最強かというと、キース・リチャーズ翁は様々な都市伝説を持っているのである。薬物で体を壊して病院で体中の血を一切入れ替え退院し開口一番「これでまたキメられるぜ!」と言っただの60過ぎて椰子の木に登って落っこちただの「サーの称号欲しいですか?」と聞かれて「俺の肩に剣を乗っけるやつは王室だろうがなんだろうがぶん殴る」と答えただのネタには事欠かない。実際、ステージに闖入したファンをギターでぶん殴って退散させたこともある。

そして何食わぬ顔でリフを再開するあたり、これが最強たる所以なのだ。ただの阿呆である but I like itこれぞプロテスタンティズムの倫理とロッケンロールの精神。
それでこのキース翁はギターの奏法でも最強っぷりを存分に発揮しているのである。テクニークに優れているのかというと実際はその逆で翁の演奏はシンプルかつソリッド。少ないコードの組み合わせでリズムを作っていく(時にあまりにシンプルかつソリッドになりすぎて弾いてないこともある、決してさぼっているわけではない)。若き日の翁はあるとき考えた、ギターという楽器はなんて面倒なんだろう。とにかくコードを沢山覚えなくちゃならない、きちんと押さえられるように指を鍛えなくちゃならない。クソッ!俺の好きな和音は押さえ方が難しいときてやがる。これじゃ作曲しても弾けねぇじゃねえか、いちいちムカつく楽器だな。大体なんで弦が6本もあるんだ、人間の指は5本しかないというのにさ。ええい面倒くせぇ、こうなったら調律変えちまえ!
かくして若き日のキースはペグをぐいぐいまわし、開放弦(左手でフレットを押さえない状態)で彼の大好きなGの和音がなるように勝手に調律した。実はこの調律、開放でGが鳴るだけでなく人差し指で6本の弦を一列に押さえるだけで伴奏を作ることが可能なのである。面倒くさがりのキースはこの発見に大いに喜び、次々とヒット曲を作ったのである。彼のこのチューニング法は後に「オープンG」と呼ばれるようになったそうな、めでたしめでたし。
というわけで最近巷には「一期一会」という楽器があって「人差し指一本で伴奏ができる」なんてってもてはやされているわけだが、この楽器はつまり世界最強ロッカーと同じ論理思考の上に成り立っている楽器なのである。人は音楽をつくる一方で逆も又真なり、音楽は人をつくる。だから一期一会を子供にプレゼントするときは気をつけたほうがいい。熱心に練習を重ねるうちにジャンキーになったり椰子の木からおちたりしかねないのである。
そのような危険性を未然に防ぐべく私もこれまでオープンGを意識的に遠ざけてきたのであるが、もはや立派な大人、ボーナスの額を気にしてばかりのサラリーマンである。Uke-Solidのペグをぐいぐい巻いて「オープンGウクレレ」にしたててみた。人差し指だけで弦を押さえてジャカジャカ弾いてみた。
何一つ弾けなかった。