目撃!ブルーベリー味キャビア

そのスーパーマーケットは一人暮らしに人気だ。何故か?それは商品ひとつひとつのパッケージが小ぶりであり、果たして中身も独り身にぴったりの量だからである。近くにあるもうひとつのマーケットは品数豊富で値段も手ごろ、しかし全てがホームサイズ、肉もキャベツも一人暮らしの冷蔵庫には大きすぎるし、週末に買ったものが次の週末まで残ってしまうなんてことになりかねない。駐車場も入りにくい。だから自然と最初に上げたスーパーに足が行く。私も買い物に来たところ。
とても良いスーパーマーケットなのだけれど、今日来てみて難点が1つだけあることに気付いた。会計システムが非常に変則的なのだ。
普通ならレジスターが横一列にズラリとならび、マシン一台ごとに会計担当者、つまり遊ぶカネあるいは幼い弟・妹の生活費が欲しい女子高生や以上に手際の良いオバハンたちが張り付いているわけだが、この店は幾つかのバーコードリーダーが床配線からにゅるっと勝手に伸びていて、これまた幾つかの長机に置き去りになっているのである。運が良ければ手の空いている店員のおばちゃんがピッピッとバーコードを読んでくれるのだが大体おばちゃん不在である。なので自分でやらなければならず、皆めいめいバーコードをピッピッとやっている。
私もバーコードを読ませようと長机のところへ行ったら、銀行員みたいな中年男性とブレザー着た三十路のなんちゃってキャリアウーマンが座っていて、真面目そうに快活に話しながら会食している。オレンジジュースをズズズッ。会計スペースはちょっとお洒落なフードコートにもなっているのだ。どうやら優先度は会食>ピッピッらしいので、私は会計ができずにウロカゴした。
するとレジのおばちゃんが慈悲深い眼で僕におやつをくれた。渡された皿に盛られていたのは黒々とした丸い粒々で、よく見るとそれは冷凍のキャビア、自然解凍で歯ごたえがシャリシャリしている。しかしなぜだろうか、このキャビアはブルーベリーみたいな味がするのである。甘酸っぱくて、ジューシー、おいしいけどなんだか変だな。そう訝しがりながら周りを見ると、皆このへんちくりんなキャビアを食べていた。しばらくしてそのうちのひとりが言った、
「うーわブルーベリーをキャビアのフリして食べてるようーわ。ダッセーなお前、うーわ」
見ると発話の主はウコぺぃ君だった。
ウコペぃ君は高校時代の同窓生で、生徒会長だった。またそれだけでなく、数万円で買ったご自慢のヴィンテージジャージがねずみ男色だったりデッドストックのスキー帽の形がイカみたいな△だったり茶髪にするのと同時に髪型をMrスポックみたいにしたりという前衛的な感性の持ち主だったため、皆から敬意と敬愛の念で「リーダー」あるいは「ファッションリーダー」と呼ばれていた。もちろんこの「ファッションリーダー」という言葉の核心は「ねずみ男色」「イカの形」「Mrスポック」にあるわけだが、当のウコぺぃ君は違う理解をしていたらしい。つまり自分が本当に「ファッションリーダー」であり「リーダー」だと思っていたようで、ボロ雑巾のような私の服を見るたび「うーわ」「ダッセーな」「うーわ」と言っていた。その度に「自分だってダサダサじゃないか」と思ったが、言うと殴られるので黙っていた。そんな私は生徒会の議長だった。
さて、そんなウコぺぃ君にスーパーマーケットの会計コーナー兼フードコートで再会した。普通ならいじめられた思い出すら懐かしいくなり、昔話に花を咲かせたくなるものだろう。だがウコぺぃ君は挨拶も無しに「うーわ」と「ダッセー」を連発してきた。会計コーナーを銀行員とブレザー女に奪われて少しイライラしていた私はウコぺぃ君の頭をむんずとつかみ、テリー・ファンク並みのヘッドロックに捕らえた。「うるせぇこのスポックねずみ男!ファッションイカ頭めが!」抱え込んだままウコぺぃ君を引きずり回す。倒れる長机、飛び散るブルーベリー。あっいけない、会計。会計を済まさなくちゃ・・・。


しまった、会社に行かなきゃ。
ジョギングして味噌汁を飲んでシャワーを浴び、ミサイルマンを熱唱しながら定時に出社。仕事。


同じ職場に高校の同窓生がいる。
「す巻きちゃんは有名人だったから覚えてるよ。生徒会長だったよね」
「いや議長だよ。会長はウコぺぃ君」
「え、そんな人いたっけ?」
「いたさー。ほら、ねずみ男色の」
「うーん、思い出せない・・・」
「そっか。ともあれ久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
職場で再会した時、こんな話をした。高校時代に彼女と会話をした記憶は全く無いのだけれど、この会話で不思議とすぐに打ち解けられたんだっけ。そんなことを思い出しつつ、話し掛ける。
「ごめん、ちょっと質問いい?」
「いいよ、なに?」
満面の笑顔が返ってきた。思わず私はヘッドロックを解き、ウコぺぃ君を開放した。