裏町ランバージャック・煮た蕗

世に存在する森羅万象の1つに会社の飲み会なるものがあるわけだけれど、この「会社の飲み会」で「私」が余興をする確立はどれくらいなのだろう、奇跡なのだろうか?
例えば土曜の午後、ロックンローラーになろうとして何故かソプラノウクレレを握ってしまうことや、かつて自分が在籍していた研究室で夜中にウイニングイレブンが大盛況であること、隣の研究室も参入してラボがスタジアムと化している事、そしてその事実に心の底から憤りを感じながら、いや時代の流れだ、OBが口出したらうるさいだけだ、それに私たちの頃はプレステこそやっていなかったけれど、ひたすらチベットのお経をながしたこともあったわオンマニペンデホン、とばかり我慢すること、こんな出来事と「会社の飲み会」はどちらが確立の高いことなのだろう。宇宙のはじまりがあるとしてそこを基点に全事象を並べ、「会社の飲み会で余興」とその他出来事を確率論で比較しても、あまりに母数が多すぎて差異なんて梨のツブテ、それほど有為な差は生まれないのではないだろうか。さあらば、この無限な宇宙、飲み会で余興して恥じかいたとて何が恥ずかしいものか。
と、まあそんなことは露とも考えず私は東急ハンズで買った「長州小力変身セット」に身を包み、小洒落たなんとかダイニングのトイレから飛び出して右手を高く掲げたわけである。

「はい、この中で長州力知っている人?」
「はーい」「はーい」「はーい」
ンムフフである。私は小力の格好こそしているけれど、小力の真似するつもりは毛頭、無い。当然、力の真似である。
「なんぁこらこのきむっとぅんコラー!」

やんやの喝采。困ったことに調子に乗った。隣に座っていた本社経理の女性、三十路はじめか、まだまだ若さダイナマイツ!と知覚しうる女性であり、独身。高鳴るジャングルな高揚に任せ、思わず「結婚してください!」と叫んだ。
場が凍った。
居たたまれない。「とりあえず」という言葉は嫌いだけど、ど、と、とりあえずカツラを取って座り、あとは最後まで大人しく飲んだ。宇宙は広いけれど、「結婚してください」で場が凍るのは、恥ずかしいものだと知った六月末日。

外でパパタブに遭遇する。「遭遇」と書いたけど、本当は電話したら来いというので待ち合わせしたんです。まあそれくらいの語法誤用はいいじゃないですか、世の中ちょっと女優やらサッカー選手が泣いただけで「号泣」って書くんですから。そんな言葉に細かい私が大宇宙なんて論じちゃってもいいわけですから、インターネットは使い方次第で無責任なんです。
べろんべろんのパパタブとスーパーソニックどうでもいいじゃないかの私は「裏街」と呼ばれる胡乱げな通りで落ちあい、これまた胡乱げな扉のスナックへ入る。店の中はといえば、絵に書いたようなお茶引き状態。そこでボトルキープしているパパタブ、サントリーロイヤルのボトルにはサインペンで「PAPATAB」のサイン(これは嘘)。
「ママ、いや、ママというかババだな。なんだ、誰も客がいねぇじゃねえか」
「うるさいわねえ、ババとかいったって同じ歳じゃない」
「しかし俺もこんなところでウイスキーキープするような男になっちまって、もはや生き地獄だなあ。ババさん、ここはどこですか」
地獄の一丁目だわよう。はやく死んじまえばいいじゃない」
「俺もそう思ってるだけどさあ、この息子にスネかじられるだけかじられちまって、三途の川渡ろうにも足がねえだよ」
「あらまあそれは困ったわね。じゃあまあ、ここでたっぷりお金払うってもんだいね」
「ぬぁ〜にをいってるだい」
とても愉快な気分になったのでカラオケを唄った。レーザーディスクのカラオケ、春日八郎と三波晴夫を唄った。広い宇宙のどこかにかろうじて位置しているはずのこの場末で、俺は朗々と唄いながら呼吸を繰り返している。「しらぬどぉしが〜たいくぉたぁたいて チャンチキおーおおけーえさ〜♪」
俺は自分がつくづく幸せだと感じた。代行で帰った6月末日。梅雨で沢山雨が降るのは、本当は7月である。