実録・サラリーマンの要件

前日、仕事で行き詰り、でも息子に弱みを見せるわけにはいかず酒ばかり飲んでいる父に「俺の話を聞け!!!」とさんざん喚きちらし、枕を投げ、綿棒を撒き散らし、お互いすっかり暗い気分。今朝なんとなく寝起きにマッサージしてやり、親父は無口に接待ゴルフへ行った。夕方帰ってきたが「ゴルフ夜の部」つまり飲み会があると言うので駅までオンボロ車で送り、もやもやが嫌なので、風邪気味の母と外食することにした。
食堂への路上、休日はスピードを出す輩がまったく多い。制限速度50キロの道を50キロで走っていたら後ろの軽トラがハイビーム攻撃。腹がたったので反撃、警察権力の威を盾にそのまま50キロで走ってやった。軽トラ、抜いてこようとしたところで対向車、フッフッフ、ざまあ味噌茶漬けである。
さて、食堂、なんだか風情のある日本食の飯屋。がらっと開けるとお運びが一人、じぃと私と母の顔を見ているが、いらっしゃいませでもない、こんばんはでもない、いたたまれないでいると一言、
「2人ですか?」
「ええ二人です」
「ああそうですか・・・えっと、お座敷空いてないからこちらのカウンターへどうぞ」
と、指で指された戸を開けると寿司屋みたいなカウンターがあった。板長らしき初老の男が何か切っている。こちらに気づいて目を向けたが、やはり何を言うでもない。しばらくしてまた「何か」を切り始めた。無言で母と私は隅に座る。
「はい失礼します」と、さっきのお運び、敷物代わりの紙と箸を置く。ごほっごほっ、ああ寒い、こりゃクーラーの真下だ、すいません、ちょっとここ寒いんですがねというとお運び「ああ、すいませんね、板長が寒いの好きなものですから、あの、ちょっと下げられるか確認してみますね」
ほほー確認ですか、いいですねえ、確認。報告・連絡・相談、略してホウレンソウは仕事の鉄則ですからねぇ。ですがねお運びさん、お客さんが寒いと言ってるのに、板長に相談なんですか?あのねえ、若い人の言葉で聞くけどねえ、それってどうなのよ?お金払うのはこっちなんだから、そのお金が板長やあなたがたのメシ代になるんだから、お客の意向を優先させるのが資本主義の世の中ってもんでしょう?お客様は神様でしょう?と心の中で思ったが、こちとら親のすね6年もかじって大学でイスラームはじめ宗教諸学を修めた身、資本主義で全てを語ってはなりませぬ、人は神にはなりませぬ、ここは許しの気持ち我慢の子、飯屋だけに慈悲ニンニクの心で以って「ぐっ」と堪えた。遠くから板長の声、いつの間にか奥の厨房へ行ったらしいが、修行中の弟子に小言言ってるのが聞こえてくる。居たたまれない。
しばらくするとまたお運びが来る。メシか?と思ったらまたぞろさっきの紙と箸。4つ並べて一言、「すいません、ちょっと端によってもらえませんか?」ああそうですか、まだでさえ隅ですがね、はいはい。もう帰ろうかと思ったが、もともとは母が、つまり6年間私にすねをかじらせ放題かじらせてくれた生き仏のような人が、この店に行こうと言ったのだし、さっきもう飯も頼んだし、ごほっごほっ、ぐっとニンニク。
するとまたお運び、今度は戸をがらっとあけニコニコ。あれ?この人こんなに明るいの?「ようこそようこそ」なんて笑顔浮かべてますよ。4人の客が、先ほどの席に座る。おじさん、おばさん、若い娘2人。お運びめ、何飲みますか?なんて私と母には聞かなかったこと聞いてやがる。娘たちはきゃあきゃあ騒ぎながらやれグレープサワーだ、カシスソーダだ、砂糖炭酸入りの焼酎頼んでいる。なんだこの小娘生娘は。いきなりわあわあきゃあきゃあと、おい!飯食うときは帽子を取れ!まったく親の顔が観てみたいわ!と思ったらなんてことはない、親父も被ってた。帽子じゃなくて、見事なヨコワケ・カツラ。
「おっ、どーもどーもどーも!」また愛想がいいのが出てきた、と思ったらちょっちょっ、板長である。無愛想なおじさんで小言野郎と思ってたら、ちゃんと明るい顔もできるんですね。いやあ恐れ入りました板長、料理がうまくて笑いも取れる人気の板長。へぇー今日のお勧めは鯨ですか、昨日釣竿で釣ってきたんですか、面白いこと言いますね板長。別にそのネタ、そちらの被り物ヨコワケ一家が来る前にこっちで使ってもらっても良かったですよ。別にヨコワケが来た時おんなじように言っても「マスター、そのネタさっき使ったでしょ」なんて嫌味なこと決して言いませんから。って、そんなこといいたいんじゃないですよ。ちょっと板長、常連だけには愛想がよくて、一見さんは無視ですか。ああそうですか。やっぱりあそこで帰ればよかった。かあちゃん、帰りにビール買って帰ろう。ニンニクニンニク。
帰り際、スーパーでヒューガルデン・ホワイトとチェダーチーズ味のスナイダーズを購入。家で「世界不思議発見!」を観ながら、草野さん相変わらずいい体してるなあなんて考えつつ飲む。ラストクエスチョンの答えを前にまどろみ、居間から夢の中へ・・・と思ったら15分後に現実へ。酷い咳、頭痛、嘔吐、どうもヒューガルデンが腐っていたらしい。テレビを見ると、福留アナが善人の顔して「うーんどうしてこんな世の中になってしまったんでしょうかね」と、善人の意見を述べていた。ラストクエスチョンの答えはわからずじまい。
悲しかった。
失敬して帰りたかったが、そこは自宅であった。
強く生きていきたいけれど、無理かもしれない、と思った。
2006年6月、こんな男が生きて、いた。

と、この話の100倍は面白い本です↓

実録・外道の条件 (角川文庫)

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