巻きタブ漂流[3]

夕焼けがキレイだったあの日から使いつづけたデジタルカメラを、僕は落とした。夜の公園のベンチに置いてきた。カフェでそのことに気付いた時、ハッジは悠々とアルギーレを吸っていた。退役軍人のハッジ、将校だったハッジ。アメリカと闘い、イスラエルに耐え、国のために戦ったハッジ、いやおそらく家族を守ったハッジ。8823はフラッシュを焚いて僕を驚かせた。見つけてきたよ、デジカメ。
バナナさんは今年もタバコを吸っていた、アブー・マージンは笑いながら、そして急に泣いた。感受性が高いというのは時に生きにくいものである。サーデクはインドでの感動を切々と語ってくれたのに僕は夢の中だった。サウサン先生、僕は子供のような存在ですか?どうなのですか?ああ、ビデオにはしたくない、映像にしたくない。神の色は、にじむピンク。それでも結局のところ撮影して、編集して、テロップを入れるのだ。寂しい?後ろ向き?執念?なんでもいい。感動した?感動したの?ああそう。心には響かない、響かなかった。サヨナラ、SFCモード。これから後、小難しい。
「周りの人たちを楽しくしていますか?」
焦りながらもコツコツと。わからないけれど。ユースフ、去ってしまったユースフ。海へ行こう、サザンビーチへ行こう、スーパー銭湯で塩を洗い落としたら、すかいらーくのサービス券でたっぷり夕食を取ろう。なんだか、昔よりも仲良くなったね。リバウドの劇的なスルーや、若くして亡くなった消しゴム版画家のために、ラムのハンバーグでバーベキューをしながらヒグラシの声を聞いた。冷凍のレモンチキンの匂いに誘われた垂れ流しの老犬は立ち上がりもせずに甘え、レコードの奏でる音楽の意味がわかっているのかどうかはわからない。ウードに似せたギターがトレモロを鳴らす。旅人よ、お前がどこへ行こうとも、必ず元いた所に戻ってくるのだ、と。老犬の頭を軽く撫でて別れた。それが最期だった。網戸を開けても、もう「ゴソリ」という鎖の音はしない。
公団住宅ばかりのニュータウン。車の無い人はバスを使うしかない。210円払ってショッピングセンターへ行くしかない。歩きつかれたね。しばしたたずむ。
「宝くじでも買おうか?」
「・・・いや、いいよ。」
果たして忘れると言うことは幸せなのか不幸なのか。険だらけの顔がいつのまにか涙脆くなり、太っては痩せ痩せては太り、また痩せ、ついには何が何がなんなのかわからなくなってしまったが、とても素直だという。仏のようだとも。その仏様に私の名前を告げた。仏様はしばし沈黙の後、私の名前を口にした。私のことがわかって名前を呼んだのか疑問型だったのかわからない。部屋を出た。それが最期だった。オンボロの軽トラで一緒にジュースを買いに行くことは、もうない。
まったく回りの人間とかかわりのない審判、私には、無理だ。誰が初めの独楽を回したのか知らなくても、ある独楽が周りの独楽を回し始めるのなら、それでいい。
どの国にもいるへつらう人間、陽気な人間、特別扱いの日々を嫌悪しつつ甘える。遅刻の前兆→大遅刻という全く面白くない展開。シャワルマ・アラビーを食べながら、テーマは「愛」と大真面目に語り歩いたが、俺は生きている、あとはどうだろう。ジョー、どうなんだい?ジョー。
長い長い時間、隣の赤ん坊の泣き声、猫にかまれ、狂犬病の恐怖。その向う側にいる男が語りかけてくる。少しずつその意味が理解できるようになって、蚊に刺されることも減る。横山やすしみたいな同い年の青年がとても親切に語りかけてくる。お父さんはタクシードライバーだという。けれどアブー・マージンがアヒーと呼ぶことは無くなった。8823は言った「君はわかってないよ」。皆、素晴らしい人たち。初めての都会暮らしはこの街。城から家まで、5キロの坂道、商店を抜け、繁華街を横切り、大学の先にあるモスクが我が家の目印。わけのわからないまま行った礼拝は、障害唯一のものとなるだろう。緑色に輝く夜のミナレット。なあパードレ、何も信心を捨てよとは申しておらぬ。そこもとが一言「転ぶ」と申せば民も救われると言うものよ。
シュワイシュワイ
800ドルオーバーの荷物を抱えて帰ってみると、ドアが無理なく開くことに感動していた。新しい家、鴨中華そば、ウクレレADSL、神田での映画鑑賞、ゲームで夜更かしはNG、歩いて歩いて、ドアはあけてあげなくちゃね。青山のカフェ、お洒落な雑貨屋さんをみつけたよ、そんな風景が似合う女の子です、とかいう紹介文。しゃらくせえ。そして巨大な白いイルカと海の上のジェットコースター、急降下しながら握りしめ、激辛フォーに吸い込まれそうになった。圧迫されて、ダメだダメだと言われて、根性出せと言われて、タイ料理とビールである。ナタリーありがとう。願掛けも通じない、もう黒い長袖を着る時期は過ぎている、ただ、ひとつだけ拾ってくれるところがあった。
もう一歩、もう一歩だ。もう一歩なのだけれど、もう一歩。紙に穴をあける作業がこんなに大変だったなんて。
まだ、終わらない。60キロの道を歩ききったからには、まだ、終わらない。
まとめも何も無い。よいしょっと腰をあげて、いつものように準備するだけだ。
奇跡の男が ドアに鍵閉めて 仕事に出かけるぜ