ゲット・ハロウィーンズ・アウト

昨今日本国は国際化・グローバル化の波に遅れまいとして様々の外来文化を受容せんとしている。「自国」文化に固執せず多くの異なる文化慣習に触れることは多様な価値観を許容する姿勢を育む。多様な価値観が許容される風土が育てばウクレレでロックンロールというあべこべな組み合わせもいつかは認められるかもしれないので、文化交流大いに結構、もろ手を挙げて大歓迎モードなのだが、しかし毎年この時期ハロウィーンなる祭事を全県に広めようとする風潮は如何なものか。
この島国では古くから妖怪変化の類が暮らしており、人間にとっては時に信仰の対象、時に脅威となってきたわけだが、大体は住み分けがされていてそこそこうまい関係を保ってきたのである。しかしながら一部妖怪に住居侵入・強盗・饅頭泥棒などを行う過激派・強硬派・愉快犯がおり、これは防御の必要があった。そこで人間は軒下に妖怪の嫌う鰯を吊るす、柊を置くなどして侵入・闖入を防ぎ、それでも入ってくる輩には嫌というほど豆を撒き散らして撃退してきた。節分である。ただ時として意識的に侵入を許すこともあった。育ち盛りで我侭邦題の糞餓鬼に「泣くなこのボケ茄子!」と矯正教育をお願いするためである。所謂ナマハゲ。結構ナマハゲ。そこそこナマハゲ。結果としてこの島では妖怪と人間は良好な関係を保ち、ナマハゲにトラウマを植えつけられた子供は泣かず我侭も言わず成長。家内安全商売繁盛天下泰平朝から晩までロケンローだったわけである。
ところが近年、この永年の安寧をぶち壊す祭事が10月末に行われるようになった。そう、ハロウィンである。
このハロウィンという祭事、本来妖怪に矯正されるべき我侭盛りのガキんちょにいきなり黒魔術を仕込む・妖怪を憑依させるなどしてしまう。黒魔術師になり、狐憑き状態となったガキどもは集団で家々のドアを手当たり次第ぶっ叩き、あろうことか挨拶もなしに「やい!食い物よこせ、よこさないと悪戯するぞ、このボケ茄子!」と脅して菓子をせしめて回るのである。親はどうした親は?と思ったらまたビックリ、ガキどもと同様に憑依状態乃至黒魔術師となって付き添って回っているではないか。子供が「食い物よこせ」と言ったら渡して当然だろう?という顔で道端に控えていらっしゃる。ここは溶解用の防御策を講じて追っ払いたいところだが、困ったことに西洋の妖怪であるため柊も鰯の頭も効かない。豆を投げたら痛がるかもしれないが、後で町内会で糾弾されたり「恐怖の隣人」とかいってワイドショーに取り上げられたりしかねない。結局、誰にも迷惑をかけず倹しく暮らしてきた家々の老夫婦たちは恐怖におののき、なけなしの年金で手に入れた茶菓の類を渡さざるを得ないのである。何たる悲惨。この世に正義は無いのか?
全くけしからん。このような祭りは即刻排斥せねばならぬ。かく思った私は愛車いっぱいに煎り大豆を詰め込み「親子で参加☆第10回ハロウィーン祭り」なる催しが開かれている最寄り駅の市場へ出かけた。
市場の入り口に横断幕があり、素朴な手書きで「ハロウィーン祭り」と書かれていた。通りには仮装して無邪気にはしゃぐ子供たちと、家族の時間に心の底から笑顔の両親、祖父母。イベントスタッフとして参加し地域の人との親交を深める学生さん達、「祭りだ祭りだ」とはしゃぐ八百屋の親父。郊外大型店の侵出ですっかり寂れていた商店街に久々に活気が戻っていた。
ケエキ屋の前で店主に「無料だから」といってかぼちゃプリンという洋菓子を供されたので試食した。
う、う、うまいぢゃないか!
今後は全県でハロウィンを奨励すべきである。減反した水田では南瓜を栽培し、経営の傾いた中小の工場では黒魔術師の衣装を製造させるのが良い。そしたら景気も良くなる。なる?なる?