ロスト・イン・ザ・シェンツェン・エアポート

深セン宝安国際空港初11時10分発、上海行きの飛行機へ乗るつもりだった。
時計は今、14時半を指している。私はというと搭乗手続き窓口の横でひたすら座り続けている。日ごろのルーズさが祟って乗り遅れたのか?いやそうではない、飛行機が来ないのだ。
2時間ほど前に空港へついた時からおかしくなっていた。電光掲示板に目的の便名が乗っていない、変だなあと思いながらチェック・イン・カウンターへ行くと張り紙があり、中国語なので詳しくはわからないがどうやら何かのトラブルで飛行機が遅れる旨を読み取れた。カウンターの職員に事情を訊くと「全便遅れている、予定はまだ立っていない」とのこと。思えばこの時に航空会社を変更すればよかったのだが、「まあ2時間くらいの遅れだろう」と甘く見てチェック・インしてしまったのが運の尽き。待てども待てども出発予定はアナウンスされず、気がつけば昼を過ぎていた。
航空会社の職員が弁当を配り始めた。弁当箱半分の米、青菜の炒めたやつ、鳥・豚など種々の畜肉を甘いソースでいっしょこたんにした炒め物、これで全部。おいしくなかった。
何人もの人が空港職員に詰め寄っている、言っている言葉の意味はわからないが、様子を見た限りでは「いつ飛行機の出発時間がわかるんだ?」「はい、ただいま確認中ですからお待ちになってください」みたいな感じだろう。旅行者やビジネスマンたちは一様にいらいらしていた。
西日が差してきた。
ふと考えた。ひどい目にあっているというのに何で私は落ち着いているのだろう?それは多分、私がこの状況をどこかで「おいしい」と思っているからではないだろうか。
人曰く、私からは妙なオーラが出ていて、「巻きタブを見ていると服を脱がせたくなる」のだという。確かに宴席やカラオケ、真冬の滝の下などで私は身包みはがされ、真っ白いボテッ腹や陰毛を露出させられて老若男女から失笑を買っている。しかもこの行為、日本国内だけではなく海外出張先でも同様なのである。共に仕事をしている取引先の人ならとにかく、宴席で初めて会った人に羽交い絞めにされ、上着を脱がされ、パスポートを奪われ、ズボンを脱がされる。いつの間にかその場は「巻きタブ!巻きタブ!」の大合唱、みんな大爆笑
一体どういうことなのだ、これは。私が何か悪いことでもしたのか。答えはNoである。ではなぜ皆が私を脱がせようとするのか、人曰く、「それはもう『脱がせたいから』としか言いようが無いなあ」と。
脱がせたいから脱がす、全く以って憤然たる理由である。君たちはロックンローラーか?いや、ロックンローラーであれば他人を脱がすのではなく自分が脱ぐはずである。ジム・モリスンしかり、イギー・ポップしかり。そうしてまくし立てようとしたところ、人はもう一つ付け加えた、曰く「でもさ、脱がされてて恥かいてるけど、その間もちょっとおいしいとおもってるでしょ?巻ちゃん。」
「うっ」と詰まった。なぜならば図星だからである。
今、私は出張先の小さな空港で復旧の見通しが立たない飛行機を待っている。おかげで今日の予定は丸潰れ、パソコンは電池切れでメール取れないし、暇つぶしの本も、空想も全て消化してしまった。会社から遠く離れたこの地で八方ふさがり、言葉は通じない、弁当はまずい、一体何をやっているのだか。あはははは。
あはははは。
この笑いが「おいしい」感覚なのだ。どうも巻きタブのMはマゾヒストのMで間違いないらしい。気がつけば、今年の冬もあの滝で氷水にうたられたら笑い取れるだろうなあと考えている私がいる。阿呆である。
最終的に飛行機は18時に離陸した。機内食は昼間の弁当と同じ具で、やっぱりまずかった。フライトアテンダントの対応が悪いとかで角刈りのおっさんが激高し、椅子の上に立って演説を始めた。気流の変化で機体が揺れ、おっさんもよろけた。一様にしらけた機内。
ふと、大学の後輩が自身のブログで「Italy料理店で、友人が趣味で撃った鹿の肉を食った。7千円だった、安くてうまいな」と書いていたのを思い出した。彼は今年、超のつく大企業への就職が決まっている。今年のクリスマスは彼女を連れて隠れ家的なレストランで気取らない夜を過ごすのだと言う。一方の私、昼も夜も米と青菜の炒めたやつと畜肉混ぜて甘くしたやつ、田舎の下請け事業所の出張要員で、夜な夜な同僚や取引先から強制ストリップをさせられ、クリスマスも既に出張決定済み。
いや、なんかもう、そんな自分が面白くてですね。