ゴーイン・バック・ホーム

5時半に目が覚めた。昨夜寝るのが早かったし、普段から6時には起きているから何てことはない。昨日の経験を活かし腰付近に多めにクッションを置いて寝たので腰痛も無い。例によって柔軟体操し、トイレで顔を洗って出発。近くのコンビニ園で朝食をとり世界遺産白川郷へ。

6時半ごろ着。駐車場から伸びるつり橋を渡り集落へ入る。観光客はまだほとんど来ておらず、合掌造りの家々も寝静まったままだ。写真をとりながらそろりそろりと散策コースを歩く。
初めて目にする美しい風景。夜明けを知った鳥たちが囀り始め、魚たちは小川に遊ぶ。山深い小さなこの集落は今、世界が守っていくべき風景として登録されている。

人はよく「白川郷は郷愁を誘う」という。果たしてそうだろうか。白川郷が昔ながらの合掌造りを残しているのは住民の努力もあるだろうが、地形・気候上の条件が大きいように思う。四方を険しい山に囲まれ、冬は雪深いこの地では大規模な農業・産業の確立が難しい。それに交通の便の悪さが重なり、経済的な発展は難しかったように思う。ゆえに昔ながらの養蚕を合掌造りの家の中で行い、暮らし続けて来たのではないだろうか?養蚕を知る人に聞いた話だと、家の中の「お蚕様」が桑を食む下で暮らすのは「地獄の日々」だそうである。藁葺き屋根と山間の田園風景にノスタルジーサウダージを感じるのはこうした暮らしの現実を知らない都会人であって、そのような感情は「田舎」という言葉が持つ意味空間への自己感情の勝手な投影に過ぎない。「白川郷は時間が止まったようだ」というがそんなことはない。事実、住民たちは藁葺きの家を民宿・食堂・土産物屋などに巧みに改造し、生活の糧を得ようとしている。私はこの事実にこそ、白川郷の現実および集落の息吹を感じる。厭な気はしない。

風景は文句なしに美しかった。観光資源を最大限に活用して生きようとしている人々の暮らしも、私には美しく感じられた。
こんな風に考えるのはUターンして故郷に戻ったからかもしれない。遠くにありて思う故郷は理想の場所だったが、自分が中にいる時の故郷は生々しい現実だ。社会問題もあれば「ふるさと」を発信するための外向きの建前もある。けれどそこで理想に逃げず、現実を見据えることが実際の生活につながる。Uターンして以来そんな思いがあるから、白川郷に哀愁は覚えなかった。知り合いもいない、来たことも無い美しい観光地である。
ただ、ここで生まれ育って東京に出て行った人は白川郷に哀愁を感じると思う。この点では、すんごく羨ましい。
1時間ほど回り郷を出た。さらに南へ下り、ひだ牛の串焼きを食べながら158号に入る。そこからはひたすら東。安房トンネルをくぐり山道をぐんぐん進んだ。そして家に戻ってきた。
2日間、短い間だったが今まで見たことが無いものを沢山見ることができた。夜の孤独に自らを見つめなおし、現れる風景に思いを馳せた。楽しい旅行だった。疲れた、グゥ。