シャベル族

彼らとは、年に数回遭遇している。突然現れ、こちらが隙を見せるとあっと言う間に自分たちの世界に引き込んでしまう。そして最低30分の時間と、半日分の思考能力を奪って去っていく。恐ろしい集団である。彼らの名は、シャベル族。
シャベル族と初めて遭遇したのは今から数年前、関東で独り暮らしをしていたころである。どうしても緊急で洗濯しなければならない衣類があり、滅多に行かないコインランドリーへ足を運んだ時の事だ。乾燥機をかけて傍らにあった「週間漫画ゴラク」を読んでいると中年女性が入ってきた。齢65ほどか。
「いやーにいさん雨降ってきちゃったな」
「あっ、そうっすね。すごい雨っすね」
と、迂闊に合いの手を入れたのが間違いの始まり。その後この女性は私に向かい、自分の息子がニートであり、自室から出てこないので食事を都度運んであげていること、わがままを言ったら食事を出さずに兵糧攻めすること、今日で兵糧攻め2日目であること、かわいそうだからそろそろご飯あげようかなとおもっていること、でも息子はコンビニでなんか買っているっぽいのでやっぱ兵糧攻め続けようかなと考えていること、パートでのろくさやってるために首になりかけていること、上司のおっさんと仲が悪いこと、パート仲間はみんな自分の味方だから上司のおっさんは女性を首にできないでいること、てんぷら作りが得意なこと云々、延々と2時間しゃべり続けたのである。私は用事があるふりをしてホウホウの呈で逃げ帰ってきた。ゴラク読みたかったのに・・・。それ以来怖くてコインランドリーに行けないでいる。
このようにシャベル族は、こちらが会話に少しでも返事をすると関を切ったように喋りだす危険な種族である。さらに決して自分からは話をやめないため、頃合を見つけて離脱しないと延々と話をきかされてしまう。
話の内容は上記のような息子の話や仕事の話が多いが、全てそうだとは言えない。私の遭遇体験としてはこの他に「阪神タイガース狂っぷり披露」「東京外国語大学礼賛」「温泉の繁盛状況分析」などがある。どうやらシャベル族の提供する話題の内容には一貫性は無いようである。ただ共通して言えることは、どれも面白くない話ばっかである。結果、本当に疲れる。ため息をつく、「俺なんで生きてるんだろう」って思ってしまう、中山秀征を面白く感じるようになる。ごめん最後のは嘘。
とかく世知辛い現代。常日頃からシャベル族の出現には注意しておいたつもりだったのだが、またぞろ遭遇してしまった。しかも悪いことに場所は所要時間3時間の特急電車の中。隣の席に座ったおばちゃんが床に物を落として困っていたので一緒に探してあげたところ、はじまったはじまった。シャベル族だとわかったときにはもはや手遅れ。おばちゃん曰く、能登地震があったけど阪神大震災のときは京都の家も揺れてベランダが壊れちゃって大変、実家が甲州だから定年後、月の半分はこっちで遊んでるんだけど亭主はあんまり来たがらないで釣り新聞ばかり読んでいる、息子が転勤で年賀状をコンピュータで作ってくれる人がいなくて困ってる、云々。指定席で全く逃れられない状況、このまま終着駅までいくのか、ああ難儀だ、ああ難行だ。そう思っていたら急に静かになったので隣を見ると、シャベル族のおばちゃんはぐっすり寝ていた。かくしてまたしても疲れきった私は今日もゴラクが読めなかったのである。
みなさんも「シャベル族」に会ったことありませんか?求む体験談。