男との友情など愚にもつかない

ったく、美鳥のアパートに置いたままの荷物を取りに行かなきゃならねぇ。バカタレが、このバカッタレ。ふられたその日にそそくさとまとめて持ち出しゃ良かったのを、放心こいて手ぶらで帰ってきちまったのがいけなかった。そのまんま行きにくくなっちまって今までほったらかしちまった。あれから何週間かたってようやく感傷が癒えてきたってのに、また傷口が開くだろが。そしたらまた何週もの間ぼわーんだ、面倒臭ぇ。
 そんななぁ、想像つくんだよ大体。俺と喧嘩したその日に美鳥からメールが飛ぶんだ、受け取んのはチャー子っていっつも決まってる。そして返事はこうだ、
「別れチャイナ」
もう十分だっての、チャー子。お前がミッシェル・ガン・エレファントのファンだってのも、ずっと独り者なのもわかりきってんだ。あとお前が美鳥に出す返事の中身も。ともかく、今回ばかりは美鳥もお前に賛成のようで、俺は荷物を置いたまま自分の家に帰る羽目になったってわけだ。ったく、ほとんどお前のせいだお前の。独り者のお前に何がわかるってんだよ。第一チャー子お前、皮肉もわかんねぇじゃないか

>件名:(無題)
>日時:Fri, 08 Feb 2002 15:37:23 +0900
>--
>慶之です。
>
>知ってのとおり、振られてしまった。理由はご存知のことと思う。
>正直悲しいけど、美鳥も考えに考えてのことだろうから仕方ない。
>自分のせいで、彼女はなかなか自分に主張を言うことができず、怖がっている
>節があった。それを言ったのだから余程の覚悟だったろう。もはや推して知る
>べくもないけれど。
> 時にチャー子の助言が力添えになったのだろう。そう確信し
>ています。 今度美鳥を好きになる男が、気難しくなく、理路整然とした主張を持ち、
>何より優しいことを願ってやまない。
>
>とりあえず、御礼まで。

こんなわかり易いメール送ってやったってのによ、

>件名:Re:
>日時:Sat, 9 Feb 2002 00:42:46 +0900
>--
>きゃー。慶之さんからのメール!!!嬉しいわ。
>
>実は、慶之さんにメールしようか悩んでました。だからよかったです。
>たぶん全然恋愛を良く分かっていない私が言うのもなんだけど、3ヶ月は辛いらし
>い・・・。でも乗り越えられるみたい。だから頑張れとしか言えない未熟な私を許してー。
>話しとか愚痴ぐらいならいつでも聞けるわ。
>
>じゃ、また今度会うまで、バイバイキーン★
>チャー子より。

お前についての愚痴をお前に言えってか?笑わせるよ、チャー子。だいたいな、「話」には送り仮名いらないんだよチャー子。こういう俺みたいな皮肉屋は股間蹴っ飛ばして、伸しちまえばいいんだよ、チャー子。もっともこのメールが実は皮肉返しだったとしたら見上げたもんだけどな。おっと携帯鳴ってる・・・メール・・・里香からだ。

「本の名前教えてくれてありがとう。探してみるね。なんか今日仕事中に気持ち悪くなって寝込んじゃった、どうしたんだろう。」
「ストレスとか疲れが溜まってるんじゃないの!?適当に息抜きしなよ」
「嬉しい!そういうこと言ってくれる同級生は慶ちゃんだけだよ。またこっちに帰ってきたら連絡して!一緒にどっか行こうね!」
「そうしよう。あ、そうだ。一度こっちに遊びにきなよ。いろんなとこ案内できるから」

よし、これで返事は来ない、と。こいつにはさんざん励まされたな。「慶ちゃんすごくいろんなことちゃんと考えてるもん、わたしも頑張らなくちゃって気持ちになるよ」「中学の頃からコツコツ勉強してたもんねぇ、慶ちゃん」「応援してるからね、私。」これだけ色々言う割に自分はちゃかり婚約してるからな、「慶ちゃん、そのうちきっといい人見つかるよ」だってさ、ったく。里香に限ったことじゃねぇ。「慶之さん?ああーいい人なんだけど、付き合うってのは、ちょっと・・・・ていうかそれって普通に別の話とかじゃないですかぁ、うん。」これだよこれ、ちょっと親しくなるといっつもこれだ。そういや美鳥も言ってたな、別れ話の後に。
「慶ちゃん、これからもいろんなこと話せる存在でいてね。」
ったく、どうにもならねぇな、女の友情なんか愚にもつかねぇ。やってられっか、知らねってんだ。そんな存在、こっちから否定してやる。『語りえないものに対しては沈黙』だ、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインだ、まいったか! エーコラ!
くっそ、バカ、また涙出てきたじゃねぇか。なんだってんだ、なんだだ一体!と・も・か・く!荷物だ荷物、俺の荷物。ここは一つ、誰か取りに行ってもらおう。

(2002年春作)