蟹を食べる女

深セン、黄色地に赤の文字で作った看板の、海鮮料理の店。名物の蟹を二人の女の子が食べている。
一人はリナ、もう一人はティナ。ともに内陸部の出身で齢は二十歳そこそこ。昼はコンピュータパーツを売る店で働いている、夜は、家に帰って寝ている。つまり真っ当に働いている。昔の日本で言うところの集団就職なのだろうか、ひょんなことから夕飯を一緒することになった(まあ早い話が店先でナンパして飯をおごっているわけですが)。
ほとんど言葉が通じない。最初のうちはそれでもコミュニケーションとろうとするけれど、うーんうーん、中国語習ったこと無いからなあと思ううちにリナが「ティンプートン(わかんないんだ)」と言って笑う。ティナも笑う。屈託のない笑顔。ただ、話題がつくれないので次第に無口になる。
二人は食べている。もりもりと、とまではいかないけれど、ぱくぱく食べている。黄色地に赤の文字で作った看板の店だから、食い物も赤い、当然辛い。こちとらヒーヒー汗かいて青島ビール片手にがんばってるのに、二人ときたら平気な顔。そりゃあ、内陸といえば四川料理だから当然といえば当然。汗かくこちらの姿を見て、また笑う。
それにしても屈託が無い。おいしいものを、おいしいという理由でおいしく食べている。こんな日本くんだりの、数年前まで親のすねかじって神の存在がどうのこうのと言っていたボンボンについてきて、飯を食う。相手が相手ならこの後いかがわしいところで怖いことされるかもしれないなんてこと、微塵も考えてないみたいだ。この街は治安がそれほど良くないし金が大量に入り込んでるし、田舎から出てきた女の人には危険がことがいっぱいあるだろうに、大丈夫かなあ、危険な人にたぶらかされないようにしなきゃいけないよ、と、ナンパしておいて何を言うかってもんだが。それにしてもおいしそうに食べてるなあ。素直な表情しているなあ。
店を出て、二人は交差点を渡って雑踏に消えた。こちとら明日は仕事、寄り道せずそそくさとホテルに帰る。二人の蟹食う姿が脳裏に焼きついて離れない。暗闇で顔を思い出すうち、思った。
「俺、やっぱりブス専かもしれない」