ミサイルあべし駐車場 その3

関ゲルの車に乗り込んだ俺たちは、まずセルフのガソリン屋に向かい、静電気を起こさないようにしたりみんなで窓を拭いたり「GT88ごっこ」と称して10円玉で車に傷をつけようとしたりタイヤにファブリーズしたりフロントガラスに中国元を貼り付けたりして、運転してくれている関ゲルの労をねぎらった。関ゲルはねぎらわれるたびに「おっおっ、てめぇはここで降りてぇんだな。置いてかれてぇんだな」と感謝の言葉を述べていた。
さて行き先はどうするか。あべしが発言して、まあ後から考えるとこれはほんの序の口だったわけだが、馬起寺に行こうと言った。悪くは無かったけれど馬起寺は山のてっぺん、往復30キロで少し遠い。それなら地元の氷室岳がいいだろうということになり一路、氷室岳へ。
氷室岳はダイダラボッチという異形の神が作った山である。聖なる場所であるはずのこの山はここ20年ほどで開発が進み、温泉旅館と人口公園の丘と化した。小学生の頃その開発を憂い、「近頃の開発による氷室山の自然荒廃は甚だしい。自然の美しさを誇る村であれば即刻かの開発を止むるべきである云々」と村の作文コンクールに出したら見事に選考されなかった。当たり前である。村の事業で開発してたんだから。
さて山頂にはダイダラボッチの16色フルカラーの巨像があり、その頭部に上ると盆地が一望できる。俺たちは誰が言うとも無くそこへ上り、ほぼ寝静まりかえった夜景を眺めながら満天の下、やれアモイ君は今日もナルシストだった、やれキザ村ショッキーは怒るといつも黒板消しを投げつけてきた、やれイヒーはどこいった、やれナマちゃんはホントに巨乳だ、やれケツ子会長は田舎者に冷たい、ちょっと奇声上げてみようか「ばけぇ〜」云々、お互いの人生を見つめあうような話は一切無かった。ああ聖なる山。
下山後、今度はあべし
学校へ行こう。きっと誰かいるって」時計は深夜2時である。
果たして学校には誰もいなかった。またしても「いぎきょっ」とか奇声を上げながら、思い出の場所、たとえば火を焚いて遊んでいたらとある先生が「こらーなにやってるんだー」とやってきて何故か燃えているものを素手でつかみ「あちっ!」と叫んだ現場や、キザ村ショッキーが黒板消しを投げつけてきた教室、あべしと俺が青春をかけたプールなどを見学。このあたりからあべしがおかしくなってきたのである。「巻きりゃん、泳ぐぞ」といってプールのフェンスをよじ登ろうとしたり、「何回か侵入したことがある」といって教室の窓をこじ開けようとしたりしだした。学校見学が終わると「隣の公園のムラムラ船のところ行こう」と言い出す。時計は3時をまわっていた。三十路間近だというのに俺たちは「ムラムラ船」という名前の船を模したアスレチックをよじ登る。あべしは次々と目標を示す。
「芝生ちょっと歩こう」「みんなでブランコ乗ろう」「小学校行こう」「小学校の水道で水を飲もう」「学校のウサギを確認したい」「二宮金次郎チェックしよう」
関ゲル、悶々さん、俺の3人ははじめのうちあべしに従い、周りの芝生を徘徊して横並びでブランコに乗り小学校まで歩いた。だが次第にあべしの意図がわからなくなった。村の山や学校は「思い出の地」ってことで行きたくなるのはわわかるけどさ、「水道水」やら「ウサギ」は、ただ思いつきで言っているだけではないか?いや思いつきならまだしも、何も考えず酔いに任せて言ってないか?その疑問は次なる発言ではっきりとした
「村祭り見に行こう」
あのねえあべし氏、確かに今日は村祭りの日で公園ではテキ屋が出たでしょう村長の挨拶あったでしょう花火上がったでしょう。ただねあべし氏、村祭りは毎年9時には終わることになっていて、ここ20年スケジュールに変更はないんですよ。ことに今何時ですかえ?夜中の3時半ですよ。いっくらなんだって祭りはやっていないんですよ、ほーらグラウンド真っ暗じゃない。え?何?
「焼却炉あったとこ見に行こう」
ここに至りて関ゲル、悶々さん、俺3人の思考は一方向にしか向かなくなった。関ゲルはあべしが発言するたび「おいコラ発言には責任持てよコラ。吐いた言葉飲み込むなよコラ」と長州力みたいな発言を繰り返しゲラゲラ笑う、悶々さんはあべしの聞き役に徹しすぎたために顔面神経に支障をきたし「歯が痺れてきた」と意味不明な症状を訴える、俺はというとナマちゃんのことが頭に焼きつき「巨乳、巨乳、貯金」と。外見上は夜中に徘徊する人間の若者だが、その実際は外部の反応に対し一方向の対応しかできない生物、光に向かってひたすら飛ぶ夏の虫と何ら大差ない。そしてまた新たな外部刺激があった。
給食センター行こう」
もはや発言に責任は無いし歯が痺れようと乳がでかかろうと関係ない。ひたすら「なんか食わせろなんか食わせろなんか食わせろそんなもんじゃねえ」と喚くミサイルマン。みさいやいやいやいやあああ まーあーああああー♪ 関ゲルはまずあべしを家へ送る決断をした。まさしく英断。
時計は4時、夜が明け始め、道路から白い霧がもやもやとわき始めた。次第に視界が悪くなる中、関ゲルはあべしの家へ車を走らせる。あべしはまだ「この角はチッソ君の家に通じてるなあ」「あと2時間半でラジオ体操だなあ」と、願望とも独り言とも取れる発言を繰り返す。その他3人は呼応するように「吐いた言葉飲み込むらコラ」「歯が痺れる」「きょ、きょ、きょにゅう」。「後部座席に乗ればいいだ?」と呟くあべしを助手席から下ろし、またねと言った。
あべしは物静かな芸術肌の男である。絵で人を感動させられる稀有の才能を持ち、真実の歪曲に真っ向から立ち向かう言論の闘士でもある。気難しい俺と打ち解けてくれ、俺も奇をてらうことなく付き合っている。「君の字は下手すぎる。同じ立場の男として恥ずかしい」と真っ向から言ってくれた男、それがあべし。
あべしの中のミサイルマンを目覚ませたものはなんなのだろう。酒か?再開か?夜闇か?巨乳か?
明確な解を得られぬまま悶々さんも下車。関ゲルと俺はもうちょっとドライブし、俺の家の畑にあるONKYOの高級コンポを見学。「す巻きちゃんの親父さんはこれで何聞いてるだ?」「ええと、大音響で浪曲」「・・・この親ありてこの子ありだわ。ところです巻きちゃん」「あい?」「ナマちゃんの電話番号はゲットした?」「あっ・・・・」
5時ごろに別れた。俺は屁をこいて寝た。

ミサイルマン

ミサイルマン